
かつて、米国の商業界には、クライアント・ベネフィット・ファースト(client benefit first)、即ち、顧客の利益を最初にいう原則がありました。例えば、空運業では、商業の常識として、顧客に対する命令形の使用はあり得ないので、For your safety、即ち、「あなたの安全のために」という顧客の利益を冒頭に述べてから、please fasten your seat belt、即ち、「シートベルトをお締めください」という要請を続けたのです。
また、金融業においては、融資の返済が遅延しているときにでも、顧客に対して早く返済しろとは命令できないので、最初に、「あなたの社会的信用を守るために」という顧客の利益を先に述べたうえで、返済することを強く勧めると督促状に書いたわけです。
商業とは、顧客に利益を提供し、その対価を得ることですから、クライアント・ベネフィット・ファーストは理の当然ですね。
理の当然であることは、現実世界においては、当然には実現しません。故に、理の当然が説かれ続けるのであって、説かれるだけでは不十分なので、理念を体現した行動原則が策定されるわけです。クライアント・ベネフィット・ファーストは、顧客に何かを伝えるときに、その話し方や書き方を具体的に規定する原則なのであって、具体的だからこそ、日常的に実践可能になるのです。
そして、クライアント・ベネフィット・ファーストという行動原則は、日常的に実践されることを通じて、行動する人に、その背後にある商業の基本理念、即ち、顧客に先に利益を提供し、その対価を後に得るという根本原理を想起させるところに、重要な意味をもつのです。故に、クライアント・ベネフィット・ファーストに続けて、マネー・フォロウズ(money follows)、即ち、企業の利益は後に来るといわれたわけです。
行動の反復のなかで、理念の忘却が起きるわけですか。
行動の作法、あるいは決められた所作は、反復されるなかで、背後の理念から乖離し、形骸化して、形式的な儀式と化します。現在では、飛行機に乗るときにシートベルトを締めることは、規制当局の指示に基づく規則となり、機内放送は、クライアント・ベネフィット・ファーストの表現形式を失い、顧客の利益の視点を全く欠いていて、単に、顧客に規則の遵守を強制するだけのものになっています。こうして、顧客に指示し、あるいは顧客に規則の遵守を強制する言語の形式が定着すれば、商業の基本理念は忘れ去られます。
コンビニでビールを買うときの年齢確認には、顧客の利益の視点は全くないですね。
コンビニを経営する企業にとって、一見して明らかに高齢者である人に、年齢確認のボタンを押させるのは、顧客の利益のためではなくて、形式的な法令遵守の徹底により、自分の身を守るためです。しかし、コンビニは、顧客にコンビニエンス、即ち、利便性を提供することによって、企業としての利益を得るところに、事業の根幹をもつはずで、自己防衛の行動原則を従業員に定着させれば、遠からず事業の根幹の理念は失われます。
金融庁のいう顧客本位とは、クライアント・ベネフィット・ファーストの理念の復興でしょうか。
金融庁は、「顧客本位の業務運営に関する原則」を策定していて、金融機関に対して、この原則に基づく自律的な行動規範を制定することで、その背後の理念、即ち、顧客の最善の利益が実現するように、金融機能は提供されるべきだとする理念の実現を強く求めています。なかでも、投資信託等の金融商品の販売では、金融機関には、提案する商品の選択と費用構造において、顧客の真の利益に適うことが求められているのです。
この金融庁の顧客本位という思想は、間違いなく、クライアント・ベネフィット・ファースト原則に通じるものです。故に、金融機関は、投資信託を販売する前に、顧客の利益を先に述べるべきなのですが、投資信託の運用成果は不確実なのですから、顧客に利益を約束することはできないのです。そこで、金融庁は、新たに資産形成という概念を発明して、それを顧客の利益にすべきだとしたのです。
つまり、資産形成とは、基本的には、豊かな老後生活のために、公的年金給付の補完となる生活原資を形成することなのですが、非常に長い勤労期間中に、計画的に積み立てることが可能なので、投資につきものの不確実性について、価格変動を長い時間軸上に分散できて、長期的には利益を得られる蓋然性が高まるというわけです。
そうならば、顧客の真の利益は、投資信託の運用成果ではなくて、豊かな老後生活ではないでしょうか。
金融機能は、それ単独では全く意味をなしません。借金をしたくて、借金をする人がいるはずはなく、人は、住宅ローンが欲しいのではなく、住宅が欲しいのであり、投資信託が欲しいのではなく、豊かな老後生活が欲しいのです。つまり、金融庁の顧客本位原則のもとでは、金融機関は、顧客に対して、金融機能を語る前に、金融機能の利用目的を先に語り、その目的を効率的に実現する方法として、最適な提案をしなくてはならないのです。
金融機関が顧客に利用目的を質問することになりますが、顧客は真実を語るでしょうか。
まとまった金額の預金があるとき、金融機関に使途を聞かれて、真実を語る人はいないでしょう。うっかり当面の使途はないと真実を答えると、不要無用で、手数料ばかり高い金融商品の押し売りをされるからです。そして、まさしく、この点こそ、金融庁が顧客本位原則において問題としていることなのです。
ここでは、商業の常識であるクライアント・ベネフィット・ファースト原則が重要な意味をもちます。商人は、顧客に質問をするとき、質問に答えることの顧客の利益を先に語らなくてはならないのです。ところで、自分の病状について、なぜ人は医師に真実を語るのでしょうか。それは、真実をいわなければ、最善の治療を受けられないからで、逆に、最善の治療という顧客の利益が提示されているからこそ、人は医師に真実を語るわけです。
人が医師に真実を語るのは、医師に最善の治療を行う義務があるからではないでしょうか。
実は、「顧客本位の業務運営に関する原則」は、法律によって、強化されています。即ち、「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」の第二条第一項は、「金融サービスの提供等に係る業務を行う者」は、「顧客等の最善の利益を勘案しつつ、顧客等に対して誠実かつ公正に、その業務を遂行しなければならない」と定めているわけです。
金融機関は、法律上、顧客の最善の利益を勘案する義務を負っているので、顧客は、この義務の履行について、金融機関を信頼するのなら、真実を話すはずです。しかし、この法律ができたのは、金融機関は義務の履行をしておらず、故に、顧客は真実を話さないという事実があるからで、法律ができたからといって、直ちに顧客の信頼は形成されません。医師に対する患者の信頼は、長年の医師の真摯な努力によって形成されたものなのです。
どうすれば、金融機関は顧客の信頼を得られるのでしょうか。
顧客から信頼される事業の仕組みをビジネスモデルというわけですが、実は、金融庁は、金融機関に対して、一貫して、持続可能なビジネスモデルの構築を求めていて、顧客本位に基づくビジネスモデルこそ、商業の理に適うものとして、持続可能であると考えているわけです。しかし、ビジネスモデルといったからには、規制当局として、その内容に立ち入ることはあり得ません。
ビジネスモデルの構築を求めるということは、金融庁は金融機関にビジネスモデルはないと考えているのでしょうか。
金融は、高度に規制されてきたために、ビジネスモデルを不要のものとし、また、規制の反対効果として、強固な参入障壁を形成して、一種の特権性を生み出してきたわけです。故に、金融機関にとって、シートベルトを締めろという命令形の使用は、当然視されてきたのです。金融庁は、ビジネスモデルの構築を求めるなかで、顧客にシートベルトを締めろという前に、顧客の利益を先にいえといっているだけで、要は、商業の常識を説いているだけなのです。
・顧客本位が儲からないのは顧客本位でないからだ(2021.7.14掲載)
金融庁の示す政策の下では、ビジネスモデルの優劣は顧客の支持によって判定されるとの前提のもと、顧客本位を表層的に捉える企業経営は自然淘汰され、真に顧客本位なビジネスモデルを構築できている金融機関は儲かるはずだと論じています。
・投資信託を顧客本位にすると顧客も金融機関も儲かるか(2021.10.14掲載)
顧客との共通価値の創造に基づいてこそ、ビジネスモデルは真に持続可能になるため、真に預金に替わる投資信託の創造が必要だと論じています。
・日本の金融に接ぎ木されたフィデューシャリー・デューティー(2025.5.22掲載)
最低限の水準を基準とする忠実義務と比較しながら最善の努力を基準とするフィデューシャリー・デューティーについて詳しく解説しています。
(文責:林)
次回更新は、6月5日(木)になります。
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森本紀行(もりもとのりゆき)
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
東京大学文学部哲学科卒業。ファンドマネジャーとして三井生命(現大樹生命)の年金資産運用業務を経験したのち、1990年1月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、企業年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。年金資産運用の自由化の中で、新しい投資のアイディアを次々に導入して、業容を拡大する。2002年11月、HCアセットマネジメントを設立、全世界の投資のタレントを発掘して運用委託するという、全く新しいタイプの資産運用事業を始める。